ゆるーいのがいいね

長い療養休暇から仕事復帰に向かう境遇でのブログです。

「世渡り上手」と「不器用ですから」

よく、『真面目な性格ですね』とか、

『生真面目』

『真面目が服を着ている』

などと言ったり聞いたりすることがあります。

 

相手への当たり障りのない慣用句のように使われることもあれば、一見大ざっぱで、物事をいい加減にしそうな人も、よくよく見ると、かなり『真面目』な性格だったりする人もいます。

それに対して真面目真面目と言われ、この人は真面目で通っているというレッテルを貼られている人ほど、意外にいい加減な一面を持つ人もいます。

 

このように、一言で『真面目』と申しましても、相手によってとても大きな差がある言葉として、使う時や聞く時にいつも気になります。こういうどちらかと言うとプラスイメージな印象と言うかレッテルを貼られてしまったら、少しでも逆行することが発覚した時の悪印象、マイナスイメージって、何か知らんが大きく捉えられがちな気がします。

ところが、マイナスイメージレッテルの人が、実はとっても優しい性格だったり、影で社会に貢献していたりすることを知る、つまりプラスイメージにはイマイチ向きにくい感を持ってしまいます。

これは多分、人の不幸は蜜より甘いと言う感覚がそうさせているのでしょうか。

ゴシップ記事と呼ばれるような芸能人、著名人、政治家などのスキャンダルを暴いた記事などがよく売れるのがその典型例です。

 

話は変わって、今度は『正直』についてです。

『正直』には程よい度合いがあって、それを過ぎてしまうと『バカ正直』と、一気にマイナスイメージに転落します。

社会集団のなかで生きていくには、ただただ正直ばかりでも良くないということですね。

ついでに言うと、正反対の『嘘』も基本的にはNGですね。

しかし、世渡り上手に生きようとしたり、物事を穏便に運ぶために敢えて嘘をつく『嘘も方便』と言う、プラスに転じるシチュエーションだってあるのです。

 

この世渡り上手な人とはどうも気が合いません。

要領よく生きることは、絶対にいいことだと思いますし、そうするべきだと思います。

ですが、相手のことを気づかい、相手のためになって生きることに傾注してしまうあまり、要領を二の次に持っていってしまうことが多々あります。

もちろん要領ということも、相手のことを思うなら、大切にすべきだし、その方が楽なことが多いのは分かっています。

高倉健さんと一緒にしては誠に失礼ですが、わたしも『不器用ですから』な人間で、どちらかと言うとそれを良しとしていました。

 

真面目、大ざっぱ、いい加減、正直、嘘、世渡り上手…これらを上手に駆使して毎日を送ることも、この年になったらもっと意識していった方が、長生きしそうです。