ゆるーいのがいいね

人生折り返し地点に思うことや好きなことを連ねます

北海どりーみんぐと名乗っておいてちっとも北海道の話題がない

 今日も、当ブログにお越しくださいまして有難うございます。

 

 どうも本ブログは、北海どりーみんぐと名乗ってスタートさせたのに、北海道に関する内容がほとんどなく、内容がだんだんかけ離れていってることに気づきました。

 ほとんどの日は、思いつきで「あっ、これ書こ」というスタンスで書いており、ブログ名「ゆるーいのがいいね」についても、書いてて全然ゆるくないやんと自分で突っ込みを入れたりします。

 「北海ドリーミング」と名付けたのは、その名の通り北海道が好きで、いわば「北海道への夢」という思いを名前にしたのであります。

 では、なぜ北海道なのか?についてお話し致したいと思います。

 

 30代半ば、つまり今からおよそ10年前頃まで、北海道は第二のふるさとして、まるで帰省するかのように、年に二回は渡道しておりました。

   デビューは大学に入ってからで友人と北海道をJRでまわってストンとハマり、何となく入ったテニスサークルは直ちに幽霊部員、キャンパスライフの思い出は非常に少なく、アルバイトで旅費を貯めては北海道へのひとり旅の繰り返しを四年間みっちりやってきました。

 就職して「あれだけ北海道を満喫したのだから、北海道は卒業」と決めたものの1年半後に、再び旅の虫が大いに騒ぎ出し、渡道を再開。当時、スカイマークエアラインズが大阪~札幌、片道19000円が発売されると、大阪から手軽に行ける北海道に魅了され続けていきます。そして極めつけは、大手エアラインが「特割」「バースデー特割」「超割」を次々発表し、国内線片道10000円というアンビリーバボーな運賃で行ける時代にどっぷりハマって、いや、航空会社からハメますと言われたかの如く、連休や誕生日前後をほとんど北海道に充てて、仕事で溜まったストレスや垢を、北海道の雄大な景色とゆったりした時間の流れ、おおらかな道産子(どさんこ=北海道生まれの人)たちによって洗い流し、また現場に戻る時の活力でした。

 

 特に訪れていたのは、北海道の大体まん中よりちょい上にある、札幌に次ぐ第2の都市旭川と、「北の国から」で有名になったほぼ真ん中にある富良野との間に位置する、美瑛(びえい)町というところにある居酒屋さんを定宿(じょうやど)?として、通算約40回以上は通っておりました。

 美瑛町は、何と言っても波状にうねる丘、そこに様々な色の農作物や土壌が織り成す「パッチワークの丘」の風景がどこまでも続き、日本にはない、ヨーロッパの田園風景を思わせるもので、一躍有名になりました。

 

 ところが、35歳になった頃から、長い連休を取るのがだんだんと難しくなり、やむを得ず東北や九州へクルマで走る旅にシフトしていました。そろそろ良い伴侶を探すことに注力し出していきます。

 自分の心の中から自然に湧き起こる「そろそろ家庭を」という気持ちが強くなり、ひとり旅にマンネリ化を覚えていました。

 「北海道で出会いを」と、民宿、ペンション、ユースホステルなどの男女別の宿泊施設で、そんなスケベ根性を出しても、全くこれっぽっちも箸にも棒にも触れること無く、もう北海道での出会いは妄想だけに終わった方がいいなと諦め、見切りをつけました。

 

 北海道のどこがいいの?って聞かれたら、「全部いい!」と答えてしまいそうなところ、強いて言いましたら、わたしが望む景観や自然そのものとの物理的、心理的な距離が、ほぼピッタリ一致している感覚といいましょうか。 

 本州にはない広大な土地、水も空気もおいしい。冬は厳しい気候にさらされて、それらを跳ねのけて、明るく生きていく北海道民たちに、底知れぬパワーをもらっています。

 

 そんな北海道を感じにくくなっていたのは、年追うごとに多くなる仕事の量で、誰が見ても営業時間内で終われそうにない煩雑な書類に振り回され、休日も返上、その結果家族のための時間がだんだん減ってきて、休みの日は、体力を回復させるために寝床からなかなか起きられず…といったことの繰り返しで、過労気味となっていました。

 

 今、幸いにも自分の時間を思い切り取れます。病気になった副産物かも知れませんし、先祖や神様からのプレゼントかも知れません。自分の好きなことって一体何かな?と、ずーーっと考えているうちのひとつが、この北の大地、北海道!業者との連携なり、何をやっていこうかとか、ずーーーっと考えていまーーっす!!